長寿の研究が100歳まで生きる人の特徴を解明しつつある。100歳まで生きる人々に見られる生活習慣、身体的特徴とは? 150歳まで生きる人はすでに生まれているのか? 人間の最大寿命の延長を巡って、科学者同士が賭けを行うという事態にまで発展している。『Why We Die(ホワイ・ウィ・ダイ) 老化と不死の謎に迫る』(ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
100歳まで生きる人の3つの分類
いずれにせよ100歳まで生きる人(百寿者、センテナリアン)の数は増えているとはいえ、ジャンヌ・カルマンが122歳で亡くなって25年が過ぎた今も、その記録を超えた者はいない。2番目の長寿者だった日本人の田中カ子(かね)は2022年に119歳で亡くなった。本書執筆時点で存命中の最高齢者は116歳のスペインのマリア・ブラニャス・モレラだ(*1、2024年8月19日に117歳で逝去)。驚くべきは、ここに挙げた並外れて長命な人たちがいずれも女性であることだ。出産時の死亡率が劇的に低下した現在、ほぼすべての国で女性の寿命が男性を上回る。
近い将来、カルマンの記録を超える人が出てこないとしても、なぜ並外れて長生きする人がいるのかという問題は依然として強い関心を集める。「ニューイングランド・センテナリアン・スタディ」を率いるトーマス・パールズは過去数十年にわたって百寿者を研究してきた。老年医学を専門とする医師として、日々患者の老化という現実と向き合っている。パールズは百寿者の健康歴、習慣、ライフスタイル、さらに家族歴や遺伝についても調べている。
ある大規模研究では、百寿者は3つに分類できると結論づけている。約38%は80歳より前に少なくとも1つの加齢に伴う疾患と診断されたことのある「生存者」、約43%が80歳以降にそうした疾患と診断された「遅延者」、そして約19%が加齢に伴う十大疾患に1つもかからずに100歳の誕生日を迎えた「逃走者」である。事実、百寿者のほぼ半分が心疾患、脳卒中、あるいは皮膚癌以外の癌を経験せずに100歳の誕生日を迎えており、これは驚異的である(*2)。
パールズによると、百寿者の多くは90代前半から半ばまで自立して生活している。105歳を超えて生きる人たちについては、少なくとも100歳まで自立しているケースがみられる。つまり百寿者たちは長期にわたって加齢に伴う疾患を抱えながら生きるというより、ほとんどの人より健康な状態を保ちながら長生きするようだ。さらにパールズは、過去20~30年の医学の進歩やライフスタイルの改善によって100~103歳までの人は増えたものの、それ以上の年齢の人は増えていないと私に語った。そこまで長生きするのには、遺伝の影響がきわめて大きいためかもしれない。パールズも現時点では寿命には自然な上限があるというジェイ・オルシャンスキーと同意見だ(*3)。
現在パールズは他の研究者とともに百寿者のゲノムを解読しており、加齢とともに蓄積されるDNAの変異も調べる計画だ。こうした研究によって並外れた長寿の生物学的背景が解明され、一般の人々にも有益な成果がもたらされる可能性がある。それと同時にこれまでの研究に基づき、サイト訪問者に質問に答えてもらい、推定寿命や寿命を延ばすためのアドバイスを提供するウェブサイト(livingto100.com)も開設した。「コーヒーより紅茶をおススメする」「鉄(マルチビタミン剤に含まれていることが多い)の摂取量を抑える」「日頃からデンタルフロスを使用する」など、意外なアドバイスもある。
ただアドバイスの多くは「まあ、そうだろう」と思うようなものだ。食事の量は控えめにして、健康的な食材を選び、ファストフードや加工肉、過剰な炭水化物の摂取は避ける。運動して健康的な体重を維持する。十分な睡眠をとる。ストレスを抑える。精神的にアクティブに過ごし、楽観的考え方をする。糖尿病にはかからないほうが好ましく、近親者に90歳以上まで生きた人がいるのはかなりのプラスだ。私の父は97歳で、今でも自分の洗濯、買い物、料理(手の込んだインド料理や自家製アイスクリームなど)をするので、私も運よく百寿者になれるかもしれない。
150歳まで生きる人はすでにいるのか?
人間の寿命に上限はあるのかという議論は、有名な賭けにつながった。2001年のある会合で、記者がスティーヴン・オースタッドに「150歳の人間が初めて出現するのはいつか」と尋ねた。他の科学者が口をつぐむなか、オースタッドは「その人はもう生まれていると思う」と口走った。極端な長寿に懐疑的なオルシャンスキーがこの記事を読み、オースタッドに電話をかけて「試みに賭けをしようじゃないか」と持ちかけた。決着がつく前に両者ともに死んでいるのだろうから、どちらに転んでも問題はないと思うかもしれない。だが2人はこの点についてもきちんと考えている。それぞれ150ドルを出し合って150年にわたって運用するという、オースタッドいわく「釣り合いのとれた賭け」だ。オルシャンスキーが簡単に計算したところ、150ドルの価値は150年後には5億ドルに増える見込みだった。それを賭けの勝者、あるいはその子孫が受け取るのだ。
賭けが始まって10年以上過ぎた時点で、依然としてジャンヌ・カルマンの年齢に達した者はいなかったが、どちらも自分が正しいと確信していたため、掛け金を倍増することにした(*4)。それぞれさらに150ドルずつを元手に加え、150年後に最終的な賞金が10億ドルになるようにしたのだ(その時点で10億ドルで何が買えるかは定かではないが)。
なぜオースタッドはこの賭けに乗ったのか。癌、脳卒中、認知症といった加齢に伴う疾患の治療法が進化しているので、人々はカルマンより30年長生きできるようになるだろうという単純な話ではない。この点については両者の見解は一致している。そうではなく、オースタッドは老化研究が画期的な医学のブレークスルーにつながると信じているのだ。2人の違いは主に、こうしたイノベーションがどれほど早く起こるかという点にある。
徐々に解明されつつある老化の特徴
ここまで、進化論はそもそもなぜ死が起こるのかを理解するのに役立つということ、進化を通じた適合度の最適化によって異なる種のあいだで寿命に大きな開きが生じたということを見てきた。また人間の寿命に生物学的上限が存在するのかどうかを考察してきた。とはいえこうした議論は、老化はどのように起こるのか、それがどのように死へとつながるのかという疑問には答えてくれない。
老化と死を克服する試みには100年の歴史があるが、ここ50年の近代生物学の成果によって、加齢とともに私たちの体内で具体的に何が起こるのかという知識が爆発的に増加した。すでに指摘したように、老化とは簡単にいえばさまざまな原因による分子、細胞、組織へのダメージの蓄積であり、それが次第に衰弱、最終的には死につながる。
老化した肉体にはあまりに多くの変化が起こるので、どれが老化を引き起こす要因で、どれがその単なる結果に過ぎないのかを見きわめるのは難しい。だが科学者たちは老化の顕著な特徴をかなり絞り込んできた(*5)。老化の特徴は3つの性質を兼ね備えていなければならない。1つめは老化する肉体に現れること。2つめはその特徴が強まるにつれて、老化が加速すること。3つめはその特徴を抑制あるいは消滅すれば、老化のスピードが遅くなることだ。
こうした老化の顕著な特徴は、分子、細胞、組織から「体」と呼ばれる相互接続的なシステムまで、複雑さのあらゆる段階に存在する。いずれの特徴も孤立して存在しているわけではなく、互いに影響を及ぼしあっている。つまり老化とは1つ、あるいは少数の独立した要因が引き起こすものではない。きわめて複雑で相互に結びついたプロセスなのだ。
全体を理解するためには、複雑さの度合いが最も低いところから始めるのが一番簡単だ。細胞の指揮命令系統の中枢とされる分子である。
*1 “List of the Verified Oldest People,” Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/List_ of_the_verified_oldest_people(2023年7月10日閲覧)
*2 J. Evert et al., “Morbidity Profiles of Centenarians: Survivors, Delayers, and Escapers,” Journals of Gerontology: Series A, Biological Sciences and Medical Sciences 58, no. 3 (March 2003): 232–37, doi: 10.1093/gerona/58.3.m232.
*3 2021年11月27日、2022年1月17日、トーマス・パールズから筆者への電子メール。
*4 S. Austad, Methuselah’s Zoo: What Nature Can Teach Us about Living Longer, Healthier Lives (Cambridge, MA: MIT Press, 2022), 273–74(邦訳:スティーヴン・N・オースタッド『「老いない」動物がヒトの未来を変える』黒木章人訳/原書房)
*5 C. López-Otín et al., “The Hallmarks of Aging,” Cell 153, no. 6 (June 6, 2013): 1194–217, doi: 10.1016/j.cell.2013.05.039. この古典的論文はオリジナル版が発表されて10年目の節目にあたり、最近改訂された。C. López-Otín et al. “Hallmarks of Aging: An Expanding Universe,” Cell 186, no. 2 (January 19, 2023): 243–78, doi: 10.1016/j.cell.2022.11.001.
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