老化は巻き戻せるか? 老化をリセットする3つの機能

老化時計はリセットできるのか
 老化時計は巻き戻すことができるのだろうか。答えは「イエス」で、しかも私たちの誰もがもれなく経験する。受胎と同時に、老化時計はゼロにリセットされるのだ。40歳の女性が出産する新生児は、20歳の女性が出産する新生児より20歳年長なわけではない。40歳の生殖細胞のほうが歳をとっているが、2人の子供は同じ年齢からスタートする。両親の体に起きた老化は、子供のなかではリセットされる。

 私たちは老化時計をリセットする方法を、少なくとも3つ進化させてきた。1つめは生殖細胞には優れたDNA修復の仕組みがあり、体細胞よりも突然変異の蓄積が少ないことだ(*1)。

 2つめは卵子と精子はそれぞれ受精前に厳しい淘汰のプロセスを経ることだ。女性はまだ胎児の頃に一生分の卵子を作る。その数はおそらく当初は数百万個あるが、誕生までに100万個ほどに減る。思春期を迎える頃には約25万個に、そして30歳になる頃には卵子は約2万5000個しか残っていない(*2)。ただ、そのなかで一生涯の月経周期で排卵に使われるのはわずか500個だ。精子の場合、この倍率はさらに衝撃的だ。男性は思春期以降、無数の精子細胞を作る。だから卵子も精子もものすごく余剰がある。

 なぜか。排卵(月1回受精を目的に、卵巣から成熟した卵子が1つ卵管へと放出されること)の前に、卵巣内の卵子はなんらかの検査を受け、損傷が見つかったら破壊される。検査に合格した卵子のみが排卵される。損傷は年齢とともに増える可能性が高いので、卵子の数が急激に減り、妊娠する可能性が低くなる理由はこれで説明できるのかもしれない。母親の年齢とともに赤ちゃんの遺伝子異常も増えるため、年齢とともに検査プロセスの有効性も低下するのかもしれない。

 同じように精子細胞も選別を受けるのかもしれない。また精子はいち早く卵子に到達し、受精させるためには、他の無数のライバルよりも速く泳がなければならない。受精後も多くの胚は欠陥があるとみなされて発達の初期に排除される。さらに全体的に正常に発達している胚の内部でも、異常な細胞を取り除くための競争が起きている(*3)。完璧なプロセスではないが、自然は私たちの子孫が親の細胞の損傷や老化を受け継がないように最善を尽くしてきた。

成熟した体細胞でも若返りは可能か?
 老化時計をリセットする3つめの方法は、ゲノムをプログラムし直してしまうことだ。受胎直後、受精した卵(接合子)は一次的に2つの核(前核)を持つ。1つは母親から、もう1つは父親から渡されたものだ。接合子の酵素や化学物質は、両方の前核のDNAからほぼすべてのエピジェネティクス・マーク(編集注:特定の遺伝子をオン・オフする制御機構)を消し去り、新しい受精卵が赤ん坊を生み出すプロセスをスタートできるように新しいマークを追加する。

 ここで私が「ほぼすべての」という表現をしたことに注目してほしい。前核が2個とも男親、あるいは女親から提供された卵は正常に成長しない。母親と父親から提供される前核にはそれぞれ異なる、それでいて補完的なエピジェネティクス・マーク(インプリンティングとも呼ばれる)のパターンがあり、それらが組み合わさって正常な成長のプログラムがスタートするからだ(*4)。

 ここまで述べたような正常な成長の前提となる数々の複雑な条件を考えると、クローンのカエルやドリーが誕生したこと自体が驚きである。まずクローン動物のゲノムは成熟した体細胞から来たものだが、そこには親がそれまでの人生で蓄積したダメージがすべて含まれている。一方、正常な妊娠から生まれた動物は、それよりはるかに手厚く保護された生殖細胞から出発し、受精の前にも後にも厳しい選別のプロセスをかいくぐってくる。それに加えて体細胞のプログラムを変更するというのは、卵の通常の役割からは大きく外れている。

 こうした難しさを考えると、クローン動物が正常だったということがあり得るのか。早期老化の兆候など、自然な妊娠から生まれた動物と比べて何らかの異常があったのではないか。実際、クローン化はそれほどうまくいったわけではない。核移植の大部分は、完全な動物の誕生まで至らなかった。それでもドリーのようにいくつかの成功例はあった。実際、ドリーはかなり病気がちな羊だった。テロメア(編集注:染色体の末端にあり、細胞分裂のたびに短くなる)は異常に短く、1歳の時点では複数の基準に照らして実年齢より老いていると判断された。羊の寿命は通常10〜12歳だが、哀れなドリーは肺に腫瘍ができたため6歳で安楽死させられた。

 とはいえクローン羊はドリーだけではない。ドリーほど有名ではないが、デイジー、ダイアナ、デビー、デニスは驚くべきことに健康に、正常な寿命を全うした(*5)。これは少なくとも原理上は、成熟した体細胞から出発した命でも細胞をリプログラミングするだけで老化の効果を反転させ、老化時計をリセットできることを示している。エピジェネティクス・マークを消去し、新たな遺伝子発現のプログラムをスタートさせることで、ゼロから新たなクローン動物を生み出すことができる。

体の部位ごとに老化を巻き戻せる可能性も
 とはいえ細胞をリプログラミングする主な目的は、クローンの家畜や穀物を作ることではない。最大の成果は幹細胞を使った再生医療、すなわち死んでしまった、あるいは損傷した組織の修復や交換である。技術的な問題を克服できれば、途方もない、また幅広い可能性が拓ける。糖尿病患者にインスリンを分泌できる新しい膵臓(すいぞう)細胞を導入する。心臓発作を起こした人は、損傷を受けた心筋を交換する。脳卒中を起こした人、あるいはアルツハイマー型認知症のような神経変性疾患を患う人の脳で再びニューロンを増殖させる。そんな可能性があるからこそ、今日、幹細胞研究には何十億ドルもの資金が投資されているのだ。

 今日研究されている幹細胞は、ゼロの状態に戻って新しいクローン動物を生み出すものではなく、老化した動物の個別部位を再生あるいは交換することで老化時計を反転させようとするものだ。ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)はどちらもさまざまな種類の細胞に分化できるが、両者は同じものではない。ES細胞は自然に誕生した初期胚の幹細胞を培養し、さまざまな経路をたどって異なる組織になるようにプログラムしたものだ。一方iPS細胞は受精卵の因子の活動によってリプログラミングされるのではなく、山中伸弥教授らが発見した体細胞内の4つの山中因子を使ってリプログラミングされる。この結果、両者のふるまいは完全に同じではない。それでもiPS細胞は手軽に作れるため(ES細胞のように法的および倫理的問題を解決する必要がない)、多くの科学者が山中教授らの当初の細胞リプログラミングの方法を改善しようと努力している。

*1 L. Moore et al., “The Mutational Landscape of Human Somatic and Germline Cells,” Nature 597, no. 7876 (September 2021): 381–86, doi: 10.1038/s41586-021-03822-
*2 T. Kirkwood, Time of Our Lives: The Science of Human Aging (New York: Oxford University Press, 1999), 167-78(邦訳:トム・カークウッド『生命の持ち時間は決まっているのか』小沢元彦訳/三交社)
*3 最近の例として以下を挙げる。A. Lima et al., “Cell Competition Acts as a Purifying Selection to Eliminate Cells with Mitochondrial Defects During Early Mouse Development,” Nature Metabolism 3, no. 8 (August 2021): 1091–108, doi: 10.1038/ s42255-021-00422-7. ただし問題のある胚の発達を阻む体の仕組みは他にもたくさんある。
*4 受精卵が新たな動物に正常な発達を遂げるためには、父親と母親の両方の生殖細胞の核が必要であることを最初に示したのはケンブリッジ大学の科学者アジム・スラーニだ。ゲノムに有害なエピジェネティクス変化がランダムに環境によって引き起こされる可能性を最初に示したのはスラーニであり、それを「エピミュテーション」と呼んだ。2022年2月10日、アジム・スラーニと筆者との対話。
*5 Joanna Klein, “Dolly the Sheepʼs Fellow Clones, Enjoying Their Golden Years,” New York Times online, July 26, 2016, https://www.nytimes.com/2016/07/27/science/dolly-the-sheep-clones.html. この記事は以下の論文について報じている。K. D. Sinclair et al., “Healthy Ageing of Cloned Sheep,” Nature Communications 7 (July 26, 2016): 12359, doi: 10.1038/ncomms12359. 2017年に実施されたクローン動物に関する包括的分析は、生存期間の短さなどの問題が系統的に示されていないことを明らかにした。これは少なくとも一部のクローン動物は自然に生まれた個体と同等の期間、健康的に生きることを示唆している。J. P. Burgstaller and G. Brem, “Aging of Cloned Animals: A Mini-Review,” Gerontology 63, no. 5(August 2017): 417–25, doi: 10.1159/000452444.

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